リブロム/LIBROM07

取材日:2024.03.13

トントン拍子、ではなかった

クラフトサケを造っていると華々しいイメージで見られることもありますが、実際はいろいろ苦労してきました。

たとえば修行した一年目のこと。山口県にある新谷酒造。どうして選んだかというと、日本で唯一イタリアのお米を使って試験醸造をしたことがある蔵元だったからです。

でも最初は断られたんですよ。旦那さん一人でお酒をつくっていて、生産量も少ないからって。でも若者の夢を応援したいということで、正社員は無理だけどアルバイトで。

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ただ、仕事があんまり無いんです。旦那さん一人で手が回るし、僕は後ろについて回るだけで、やることがないんです。そんな状態でも雇ってもらったこと自体は本当にありがたくて。当時23歳だったんですけど、仕事のない日はコンビニや引っ越し屋でアルバイトを掛け持ちしてなんとか生活していました。

その時にやっぱり思いましたよ「なんでこんなことやってるんだろう・・・」って。まだ日本酒にどっぷり浸かってなかった時だったので余計に。

もっと最短距離でやりたかったんですね。

はい。なのでやっぱりやめようかと思った時もありました。

一年目が終わって来年どうする?って話になった時に「もうちょっと大きな規模のところ行った方が将来的に幅も広がるよ」と言ってくださって、ちょうどそのタイミングで農口尚彦さん(=酒造りの神様の異名を持つ日本最高峰の醸造家)が復活すると知って、すぐ応募して面接に行きました。

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でも3年で辞めるのは決めていたので正直に伝えたら、農口さんは昔ながらの職人なので、顔をしかめて「酒造りは10年かかる」と言われて。たぶん若気の至りもあったとは思うんですけど「普通の人が10年かかるところを3年で覚えてみせます!」と返して。そうしたら、農口さんもちょっと笑いながら「おもしろいヤツだな」って言ってくださって。

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無事に合格通知もいただいて、その年は全国から一期生として7人集まって共同生活が始まるんですけど、農口さんは3年で身に付けるカリキュラムを自分にだけ作っていてくださって。昔ながらの気質なのに若者の夢を応援する気持ちも強いのが本当にすごくて。世界に視野を向けることにも肯定的で、すごく懐の深い方でした。

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一年目は2,000石つくったんですけど、それだけの量になると分業制になるんですよ。たとえば麹担当なら麹だけ見てたらいいし、酒母担当なら酒母だけ見てたらいい。でも自分だけは全部回れるようにしてくださって。大変だったんですけどそれが楽しかった。それで3年続けて「しっかりやって来い」と送り出してくださいました。

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クライアント様について

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「日本酒文化をもっと身近に」をコンセプトに、若い世代にも親しみ愛される日本酒を造りたい。リブロム様はそんな想いで福岡県天神からすぐ近くの高砂でお酒造りをされています。
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